ちちちのはなち

21歳 Twitter@chi_ti_ti

学歴

「お幾つですか?」
『21です』
「じゃあ大学3年生かな?」
『専門ですけど3年です』
「へぇ、何の専門?」
『医療系です』

こんな会話をこの3年で50回くらいはしたと思う
割とラフなお店で接客業をしているのでお客さんとは会話のきっかけにしやすくていいけど、毎回思うのは大学生が前提にされている部分


私は大学に行っていない
理由は色々
・4年も学生やりたくない早く仕事したい
・4年も学費払って通う割に暇こいてるコスパの悪さ
・頑張ってもFランのさらに就職難なんて最悪
・単位のために学んだことが仕事に活かされる確率低い
・受験に自信がない

とりあえず通うことへの魅力がなかった

私の専門学校は3年間で国家資格とれて一生働ける。全体的に不足している職業なので就職もそんな困らない。あと収入もまあまあいい。
受験も簡単。


現状、高校の実績は大学進学率だし、普通の会社に勤めるには大卒が普通
私はその王道パターンから逃げた
私は高卒


「なんで専門にしたの?」と聞かれたら上記をなんとなく言うけど実際は違う。
私いい選択しました〜〜みたいな雰囲気だしてるけど実際は違う。
友人にもフォロワーにも恋人にも嘘をついたけど以下実際のところです


高校のとき、微妙に知名度のある大学の推薦が貰えた
受験方法は小論文で時期は10月だったと思う
もう夏だと思い始めた頃から小論文の勉強を始めたんだけど、なんか全然ダメだった
塾には行ってないし、高校でやってた自由参加の小論文講座はただの国語の授業だったし、「わかりません」「できません」「教えてください」のSOSが誰にもできなかった。
(関係ないかもしれないけど私は高校が大嫌いで無口で愛想が悪かった)
もう受験間近だってのに本当に何も書けなかった
今更聞けないハウツーを焦りながら探したりした
誰にも採点してもらってない
誰にも頼ってない
もちろん落ちた

倍率が2にも達してないところに落ちた(笑)


お金がかかるものを親にお願いすることもできず、塾に行かず、有料講座にも行かず、センター試験も申し込まず、なのに小論文受験の3万を無駄にした

さあこの状況からなんとか見つけたのが今の専門学校
猛勉強もなしにすんなり入れたし
理由は後付けの、ざっというところ「結果オーライ」ってやつ
後から後から、ア、こっちで良かったな。って気づいた



「どうして専門にしたの?」
『大学受験まともに努力しないで失敗して、ギリギリでなんとか見つけた道です』

これが本当

浪人してる人って凄いなって思う
学歴にしがみついてる人もヤベエなって思う
でも私はこの道で合ってたんだと思う
わからないけど。
いらない遠回りをしたことを綺麗に隠してたけど、なんとなく告白できる気がしたので
2年半張り続けた見栄は、以上です。

ナシ

「失って初めて気づくものってあるよね」って
なんか聞いたことあるけど、結果からの慰めは何を生み出すのでしょうか。

失敗から学ぶものは多い
温故知新もまた同じ


教育とは選択肢を与えることだと思っている
算数の問いを解くのとはまた別の話
優しさや頭の回転の良さも選択肢を持つことから始まる

何が正しいか、それを考えるに伴って何が正しくないかも自然と判断されていく
マルかバツかの世の中ではないと思う
たくさんある中での1つの「アリ」と「ナシ」の分別だと思う

選択肢を持っていない子が決めたマルはそうじゃない子の「どっちかっていうとナシ」だったりする
何も教わってこなかったんだろうか
何を失っているかもわかっていない
そう考えるまでの選択の分岐がないから。




カモフラしすぎて何言ってるかわかんないけどこれ一応愚痴

枕元にあるメモ

1ページ目
どちゃくそ落書き

2ページ目
オレンジピール
オレンジジュースで生チョコ
アップルパイ
フロランタン
人形クッキー」

3ページ目
「買うマンガ
いばら③
NTR
ブラッド16」

4ページ目
恋人の住所

5~8ページ目
手放しマンガリスト

9ページ目
すきなマンガリスト

10ページ目
「尿検査
シフト」

11ページ目
「あいちゃんLINE」

12ページ目
「かご
電池たんさん
ブコフ」

13ページ目
謎の線

漫画めっちゃ売る

ちゃんと数えてないけど500冊くらい売る

デジタル断捨離に続いて、マジ断捨離始めました
(冷やし中華は先月始めました)

また例の「うん、いいや」が降りてきてたくさん段ボールに移した
段ボール足りなくなって2回マルエツ行った

物を手放すときに恐れているのはまた必要になること
でも実はいざ必要なときになかったら「まあいいか」で済むこと
売った漫画がまた読みたくなったら満喫に行けばいいと思う
もう2度と出会えないストーリーではないから。

それから、必要なときにそれが無かったときの小さな絶望が嫌いじゃないと思った
物がなくなっていく小さな快感も嫌いじゃないと思った

漫画とさようなら。
ありがとう私を構成しているものたち

私の知らない世界を覗かせてくれる漫画たちがすごく好き
どんなものをよく読むかはまた別の記事にしようかな
空いた棚をもう少しだけ眺めていたい

家族写真

いわゆる"家庭環境が複雑"同士話した時に「家族写真が欲しいね」ってなったことがあるんだけど、その時写真1枚ほしいがためにめちゃくちゃ泣いた気がする

一生手に入ることがないものを望んでしまった絶望と後悔

父と母は会うことが禁じられてる。多分法律で

結婚前に交わした約束通り、拳ひとつ出たら全ておしまいになったみたい
その日のことはもう思い出し飽きたんだけど、とりあえずあの1発で家族全員揃うのが無理になったってこと

多分私が重病にでもなって、死ぬ前のお願い...とか言えばなんとかなるんだろうけど可能性は低い

小さい頃の写真や母とのツーショットも多分あるんだけど、年の離れて生まれた妹がハイハイもできない頃にアアなったから、
つまりは全員揃ってお喋り団欒するような時期が存在しなかった

これからも存在しない

考えるのもやめよう
明日は7時に起きよう

道端。
きっと襲われたのだろう、そこらじゅうに羽が散らばって 地肌が見えて 頭に穴が空いた鳩が座っていた

30cmまで近づいても微動だにせず、もう一歩前に出たら、少しだけこっち向いた

本当に座っているだけだった
いつもなら生き物に近づけた時は写真撮るんだけど、そういうこともできなかった

1羽。

死を待っているのかな

デジタル断捨離

と名付けたのは捨てるものが全部虚像だから

ある日突然たくさんのデータを消した
元々少なかったけど写真も1000枚くらい消した
新しく撮った写真もいらないやつは消した
アプリもどんどん消した
YouTubeもクラッシュオブクランもまとめサイト
あとつぶやきも結構消した
病んではいないと思うんだけど何処からか生まれた「うん、いいや」って意思に従ってポイポイ消した
なんとなく始めたインスタも消そうと思ってる

たくさん消した後は、フゥおしまいって思っただけの特に何もないものだった
大事なものだけ残ってる

最近は"無くても生きていける"っていう呪いが強くて、こないだイヤホンを買おうと思った時も(マイク付きがほしいけどァ〜いやあ〜今持ってるのでよくない?)って脳内会議が5秒で終わった。

沖縄へ旅行に行ったときも、サンゴのアクセサリーとかへんちくりんなシーサーとか3つで1500円ダヨ〜って売ってたアンクレットとか、
いいやぁ、、ネックレスはいつも同じのだしそもそも平日は真面目な格好だからアクセサリーとかいらない...置物は埃かぶって終わるよ...

って感じで3人くらいにお土産買っておしまい

物欲が無いを越した虚無感に見舞われてるのかな
病んでないんだけど病んでるのかな
虚像はたくさん消したのに実像はそのまま。部屋は汚い
よくわからないね

おわり